柳岡克子の生い立ち 85、盲ろう者へのサポート

盲ろう者は、「光」と「音」が失われた状態で生活しているため、独力でコミュニケーションや情報入手、移動ができない、あるいは極めて困難な状態に置かれている。
盲ろう者には、①情報の入手②コミュニケーション③移動という3つの困難がある。
NPO法人和歌山盲ろう者友の会は、盲ろう者が主体となって活動している団体で、盲ろう者と盲ろう者を支援する者の会だ。
ここでは盲ろう者同士が交流、コミュニケーションをとっている。
また、現役通訳介助者もいっぱいいるので安心だ。
盲ろう者が社会参加するには、盲ろう者に対する通訳・介助が必要となる。
また、盲ろう者になった時期や障がいの程度によって手話・手書き・点字・音声などコミュニケーション方法が違う。
これらのコミュニケーション技術を習得するための研修会や通訳・介助者の技術向上のための勉強会や、通訳・介助者養成講座と通訳・介助者派遣を行っている。
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柳岡克子の生い立ち 84、盲ろう者について

手話通訳をしている方と知り合いになっていろいろ話をしていると、手話は目が見えるからコミュニケーションできるけど、目が見えないろうの方もいると聞いた。
盲ろう者とは「視覚障害」と「聴覚障害」の両方に障害を持つ人のことをいう。
つまり、見えなくて聞こえない人。
有名なヘレン・ケラー女史も盲ろう者だ。
盲ろう者は日本全国に2万3200人程と推計されている。
程度に応じて次の4種類に大別する。
全盲ろう(まったく見えず、聞こえない)
盲難聴(まったく見えず、聞こえにくい)
弱視ろう(見えにくく、聞こえない)
弱視難聴(見えにくく、聞こえにくい)
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柳岡克子の生い立ち 83、パソコン要約筆記

パソコン要約筆記は、パーソナルコンピュータをプロジェクタに接続し、音声情報をパソコンに入力し、スクリーンに映し出す。
入力スピードが120字/1分と多く、単語登録機能などで作業効率が向上し、手書き要約筆記に比べ情報提供量が多いのが特徴だ。
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柳岡克子の生い立ち  82、要約筆記について

講演会で手話通訳が付いていることはあっても要約筆記があることは少ない。
なぜなら要約筆記の技術を持った通訳士が少ないからだ。
1対1で隣に座ってホワイトボードやノートに書き留める事もある。
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柳岡克子の生い立ち 81、要約筆記を習う

聴覚障害者は、手話で会話するという私の固定観念が崩れた。
中途失聴者は手話が使えない。
ろう学校では手話が言語として認められていなかった。
聞こえない障害と話せない障害は不自由さが違った。
一括りにできない。
御坊市身体障害者福祉協会の会長になっても知らない事がいっぱいだった。
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柳岡克子の生い立ち 80、中途失聴者について

耳が不自由な人のコミュニケーション手段といえば手話を思い浮かべる人がほとんどだ。
生まれつき聴覚に障害があったり、幼少期に失聴すると、ろう学校などで、手話で友達と会話したり、口話などを学習して自然に身についていく。
ところが、もともと聞こえたのに、病気や事故などで人生の途中で聞こえなくなった人にとっては手話を学習するのは難しく、時間がかかり大変だ。
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柳岡克子の生い立ち 79、手話言語法について

日本では1933年以降、2011年(平成23年)まで、手話は日本の法律上では「言語」として認められていない。
公立のろう学校でも、「口話法」(相手の口を見て話を理解する技術)が主流となっている。
これまで、多くのろうあ者は、先輩等の手話を見ておぼえていた。
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柳岡克子の生い立ち 78、手話を習う

御坊市身体障害者福祉協会の会長をしていると、会員には聴覚障害者がいる。
会長になった頃カラオケ大会を企画してクレームが来た。
私は、聞こえない世界もしゃべれない苦しみもわからなかった。
まず、会議をするにもコミュニケーションが取れないのだ。
会議を開くたびに手話通訳を頼んだ。
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柳岡克子の生い立ち、77、日高地方障害児者のつながりを広める文化祭

つながりを広める文化祭には、私が障害児だった初回から参加させてもらった。
高校生の時、ボランティアとして会場設営を手伝った。
御坊市身体障害者福祉協会の会長として実行委員に加わらせていただいた。
私が障害者卓球の選手だった頃に、和歌山県下の卓球の私の友人を招いて卓球教室をした。
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柳岡克子の生い立ち 76、知的障害者・精神障害者を支える

御坊市身体障害者福祉協会の会長をしていると地域の社会福祉法人の評議員として委嘱される。
会長になって美浜町に本部がある太陽福祉会に行った。
ここは地域の知的障害者や精神障害者の授産施設やグループホーム、作業所やB型就労施設などを運営している。
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