754、NHK障害福祉賞50年発行裏話

NHK障害福祉賞受賞者の中からNHK教育テレビ「きらっといきる」にゲストとして出演することになり4日かけて私を密着取材してくれました。母も「障害のあるお子様を産んで大変でしたね?」とインタビューされ、「歩けたことも喜び、学校に行けたことも喜び、仕事が出来るようになったのも喜びで、60点ぐらいの普通のお子様なら40点の喜びをもらえますが、0点の仮死状態で産まれゼロからスタートしたので、100点分の喜びをいただけて私は幸せです」と答えました。母は、放送を楽しみに友達に「テレビ出るから見てね」と触れ回り、オンエアでカット。私は「大変でした」と涙の一つでも流しておけばカットされることはなかったのではないかと思いました。苦労した母親でないと絵にならないのです。きっと苦労はしているでしょうが、母には吹き飛ばす明るさがあり障害者の番組にはふさわしくなかったのでしょう。スタジオ収録の際、「夢は何ですか?」と聞かれ、「メダルを取って日の丸を揚げたいです」と言ったら「微妙な時期なのでそのセリフはカットされるかもしれませんよ」と言われました。幸い収録と放送日の間に国旗国歌法案が可決される見通しとなりオンエアされました。

753、NHK障害福祉賞50年記念誌に掲載

受賞作品は、手足に重度の障害を持って産まれた時から、パラリンピックをめざしてアメリカUSオープンの障害者卓球で3位になったところまでの生い立ちでした。今回は、その後NHK教育テレビ「きらっといきる」に出演しそれがきっかけで講演活動を始めたこと。大病を患い入退院を繰り返し悩み続けたこと。それらを乗り越え資格試験にチャレンジした話です。講演や様々な活動については、折に触れマスコミに取り上げられましたが、難病との闘いについてあまり知られていませんでした。今回病気を克服したことで思い切って振り返ってみることにしました。

752、「私の生きてきた道50のものがたり」~受賞者のその後~発行

NHK厚生文化事業団が募集した第33回NHK障害福祉賞(1998年度)の障害児者本人部門応募数275編の中から優秀賞に選ばれて17年が経ちました。50年で1万編を越える応募があったそうです。この度、50周年記念として受賞した人の中から、受賞後の様子を綴ってほしいとの依頼がありました。そこで「チャレンジは果てしなく」という題で、受賞後17年間について書かせていただきました。50人の中にそれが採用され、「私の生きてきた道50のものがたり」~受賞者のその後~ということで作品がNHK厚生文化事業団のホームページに掲載されました。それが好評でインターネットで見られない人のために出版の話が持ち上がり発行されることになりました。

751、女性のつばさ20周年記念講演会

参加者130名はそれぞれの活動が忙しくなり、現在会員は40名ですが、今年の総会で20周年記念事業をすることになり、21日、県立図書館で特定非営利活動法人国境なき医師団日本前会長の黒崎伸子氏を講師に「人道的医療援助活動の現場から~ジレンマと挑戦~」という演題で講演をしてもらいました。黒崎さんは、外科医であり長崎県女性医師の会副会長、日本BPW連合会会長を務めるなど社会活動に熱心です。国境なき医師団は、1971年にフランスで設立され、1992年に日本事務局が発足しました。独立・中立・公平の原則に基づき、政治経済宗教のいかなる影響も受けずに活動している非営利で国際的な民間の医療・人道援助団体です。ボスニア、ソマリアなどの紛争地や、感染症がまん延する地域、ハイチ大地震や東日本大震災などの自然災害の被災地で、緊急医療援助活動を行ってきました。活動資金のほとんどを民間からの寄付でまかなっており、1999年にはノーベル平和賞を受賞しました。約世界70の国と地域で、日本人医師や看護師をはじめとする約3万6000人のスタッフが、援助活動を行っています(2013年度)。

 この度、20周年記念講演会を開催するにあたって、このような素晴らしい講師のお話しを聞くことが出来、国際的な視野に立って女性が人道支援している現状を知り「今日までの20年、そして今日からの20年!未来に向かってはじめての一歩」というテーマにふさわしい活動の原点を見つめなおすことが出来ました。

750、つばさの会和歌山

1期生が帰国後「つばさの会和歌山」を結成し毎年集まり情報交換などし、私も帰国後入りました。特に私が一緒に行った6期のメンバーは行き先のカナダにちなんで「メイプル」と名付け、毎年忘年会をして交流を続けています。また、1期生から6期生までの日高地域からの参加者で「つばさの会日高」として集まり、映画「折り梅」上映会などもしました。派遣事業は継続できなくなりましたが、結成の趣旨に沿って私が御坊市の男女共同参画推進グループウイズ・ア・スマイルの会長として頑張ったように団員として参加した女性たちは、それぞれ地域のリーダーとして様々な分野で活躍しています。その人たちが年に1回集まる会が今年20年目を迎えたのです。

749、母なしの海外

和歌山県が女性施策の一環として国際的な視野を持った地域の女性リーダーを養成するため海外の女性団体との交流や福祉施設の見学、教育機関などを視察しました。卓球の試合で外国には行っていましたので、母も同行できるものとして応募しました。ところが「あなたのためにも皆のためにもなるからお母さんには遠慮してもらいましょう」ということになりました。不安ながらも参加者に支えられ無事行程を終え帰国することが出来ました

748、6期で最後になった女性のつばさ

私たち22名の6期生は、木村知事に見送られ県が姉妹都市を結んでいるアメリカフロリダ州やロサンゼルスを訪問したり、カナダのバンクーバーでホームステイしました。残念なことに翌平成13年9月11日壮行式から帰宅した7年目の団員は、夜テレビでアメリカ同時テロのニュースを見ることになります。飛行場でのセキュリティ等行程が大幅に狂うことを警戒し、出発することなく、その後知事も代わり私たちが最後の団員となりました。

747、和歌山県海外派遣「女性のつばさ」

平成7年9月仮谷知事に結団壮行式で激励の言葉を受け第1回の派遣として、スウェーデン、ノルウェー、デンマークへ32名が飛び立ってから20年が経ちます。2年目西口知事に見送られた22名は、同じストックホルム、オスロ、コペンハーゲンの10日間でした。3期生の22名は、ドイツ、デンマーク、フィンランドとヨーロッパを視察しました。4年目は、北欧とは違った取り組みを研修するためオーストラリア、ニュージーランドへ21名が出発しました。5期生の22名も同じコースでシドニーやオークランドに行きました。

746、皆がいきいき笑顔あふれるまち御坊

御坊市は、毎年度、男女共同参画社会の形成の促進に関する施策の実施状況について報告書を作成し、公表します。また、国・県・関係機関の動向を的確に把握しながら、情報交換や連携を図り、計画の円滑な推進に努めます。

 委員会では、「わかりやすい表現が望ましい」など細部にわたって活発な意見交換ができ、市民の関心も高かったことで、今後御坊市が取り組むべき課題が見えてきました。プランができたから終わりではなく、皆がいきいき笑顔あふれるまちになるようプランが「絵に描いたもち」にならないよう見守っていきたいと思います。

745、男女共同参画社会の実現に向けてのプラン

男女共同参画社会の実現に向けて、計画に盛り込まれている施策・取組を総合的かつ計画的に推進するために、以下のことを最終的にプランに盛り込みました。

市役所内には男女共同参画庁内推進委員会(仮称)の設置を検討したり、外部から男女共同参画施策の充実及び推進を図るため、学識経験者、関係団体代表者、公募市民等で構成される男女共同参画推進審議会(仮称)を設置します。

男女共同参画社会の推進に取り組んでいる市民や事業者、地域団体やNPO等の各種団体などとのパートナーシップを深め、市民と行政が一体となって、理解の層を広げなければなりません。そこで計画の進捗状況を把握し、点検・評価・改善プロセスを明確にするため、取組の結果10年間で“何”が“どのように”なったかを成果指標(アウトカム指標)として平成35年度の目標値を設定します。