486、小松基地を見学

平成28年11月25日、私達和歌山県防衛協会38名は冬期研修として石川県の航空自衛隊小松基地に行きました。小松基地は昭和36年に開設された日本海側で戦闘機部隊を有する唯一の基地で、我が国の空の守りを固めるため、日夜訓練に励んでいます。
 小松基地と日本海を隔てた諸外国との位置は近く、航空機で約1時間の距離にあります。我が国周辺は、北朝鮮は核兵器をはじめとする大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発・配備を推進する等動向が不透明であるとともに、中国は積極的な海洋進出や軍の近代化を継続的に推進し、ロシアは経済力、文明力を背景に、新型装備の開発・導入を含む軍の近代化を進め活動を活発化する等、安全保障環境はより不透明さを増しています。

485、百田尚樹さんの講演を聞く

沖縄での研修を終え、そのまま飛行機で熊本に行きました。翌日23日九州各県神社庁連合会主催の講演会で百田尚樹氏の「ただしい歴史認識を継承するには」というお話を聞きました。探偵ナイトスクープの放送作家を長年していてある時、新しい事にチャレンジしたいという気持ちになり50歳で作家デビューした話や「永遠の0」を書くきっかけやマスコミ批判などおもしろおかしく話してくれました。その後日本女性の会熊本県支部の皆さんと会食をし憲法改正に向かっての取り組みを聞きました。

484、普天間基地見学

宜野湾市にある嘉数高台公園の展望台から米軍普天間基地を見学しました。その後、セキュリティの厳しい基地内へ入り説明を受けました。普天間飛行場は、日本の沖縄県宜野湾市にある在日米軍海兵隊の飛行場。通称普天間基地。2,700mの滑走路を持ち、嘉手納基地と並んで沖縄におけるアメリカ軍の拠点となっています。周りに住宅があることから、 世界一危険な基地と言われています。と言っても運用開始の1945年当時は現在のようには集落は密集しておらず、普天間基地の運用開始後に段々と密集していきました。普天間基地の移設の話が持ち上がったのは、米軍兵士の問題行動や事故・騒音問題のためで、飛行場の移設先として、名護市の辺野古が決定しました。完全に新しく基地を造るのではなく、すでにある米海兵隊キャンプ・シュワブを拡張します。実際現地に行ってみて大半の沖縄の住民は移設を歓迎していて、報道にあるような反対運動は一坪地主や本土から来た一部の人たちのようでした。それを地元の新聞が偏向して記事を書くことが問題だとも同行した防衛協会の方がおっしゃっていました。

483、我那覇真子さんと話す

琉球新報・沖縄タイムスを正す県民・国民の会の代表運営委員長をしている名護市の我那覇真子さんと話す時間があり、国連での勇気ある発言に敬意を示させていただきました。沖縄県の翁長雄志知事は、スイス・ジュネーブの国連人権理事会で演説し、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設で「人権侵害が行われている」と訴えました。我那覇さんは、「人権侵害発言は真実ではない。沖縄が日本の他の地域と同様に人権が守られている。プロパガンダを信じないでください」と呼びかけたのです。「沖縄が先住民の土地だと主張することで沖縄を独立に導こうとする人たち、それを支持する中国こそが地域の平和と安定を脅かし、人権への脅威だ」と。26歳という若さで、しっかりとした自分の考えを持っておられ素敵な女性でした。約500人が集う式典・祝賀会には、沖縄の議員や普天間飛行場のある宜野湾市長も参加していました。

482、国の安全保障体制

第50回九州・沖縄地区防衛協会連絡協議会「沖縄大会」の式典に先立ってジャーナリストの櫻井よしこ氏の講演を聞きました。「この国の行方―日本のあるべき姿―」と題して、今の日本を取り巻く世界情勢や沖縄の現状、国の安全保障体制などについてお話し下さいました。「日本が他国から守るためには抑止力として平和安全法制関連2法の成立は 喜ばしいことです。戦後70年の節目に今こそ日本国憲法を改正することが必要です」と。

481、那覇基地見学

平成27年 10月21日、沖縄へ行ってきました。1か月以上前から初めて自分でインターネットで航空券を予約して、御坊駅から関空へ行き、一人で飛行機に乗って沖縄へ行きました。今までは、団体だったり、チケットを取ってもらったりしました今回何もかも一人でできました。といっても車いすのお世話など大勢の方に助けられましたが。
 空港からホテルの集合場所に行き、受付を済ませて自衛隊のバスに乗り込みました。その日の研修は、那覇基地でした。航空自衛隊那覇基地は、那覇市の中心から南西約5㎞に位置し、南西防衛区域における唯一の航空基地として重要な役割を果たしています。基地の面積は、約212 万㎡あり、航空自衛隊の15個の部隊等のほか、陸上自衛隊第15ヘリコプター隊及び海上自衛隊第5航空群が混在する特色のある基地です。

480、国防への国民の関心


15日は、大阪防衛協会50周年記念事業として防衛・防災フェスティバルがあり、午後からは、別の団体で、ひげの隊長として自衛隊イラク派遣では第一次復興業務支援隊長を務めた佐藤正久参議院議員の「中東情勢と我が国の安全保障」と言う講演を聞きました。
竹島や尖閣諸島・北方領土など実効的支配による領土危機やイスラム国などのテロ対策、政府による集団的自衛権の解釈変更など、国防に関して国民の関心が高まっています。今年は大東亜戦争から70年という節目の年でもありしっかり日本の守りについて研修することができました。

479、世界に誇る日本の心

14日は、全国防衛協会連絡会青年部会第14回青年研修大会「大阪大会」と近畿ブロック防衛協会青年部会連絡協議会第9回青年研修大会「大阪大会」が開かれ、明治神宮武道場至誠館館長の荒谷卓氏の「世界に誇る日本の心」と題して記念講演を聞きました。日本人が持っている助け合い、譲り合いの精神は、素晴らしい精神だと改めて気付かせてもらいました。その後、記念式典や懇親会で交流を深めました。山口采希さんが「ありがとう、じえいたいさん」などを歌いました。

478、東京消防庁を見学

午後からは、東京消防庁でいろいろな研修をしました。まず実際の火災をシミュレートした大型のスクリーンを相手に、消火器の使い方を体験しました。次に和歌山県は日本有数の台風上陸県であり、水害の多い県と言うことで暴風雨体験コーナーで強風大雨を体験し、そのすさまじさを知りました。また、都市型水害体験コーナーでは局地的集中豪雨や津波に関する映像を見て、地下のドアや自動車が浸水して水圧がかかっているドアの開放体験をしました。母は20センチまで開きましたが、私はドアも車も10センチが精一杯でした。これ以上の高さまで水が来ると車の場合は窓を割るなどして脱出しなければなりません。地震体験では、震度7までの様々な揺れを体験しました。

477、防衛省を見学

3月9日は、国防の拠点となる防衛省に行きました。入り口のセキュリティーが厳しかったです。まず見学した儀仗広場は、皇族や国賓などが、防衛省を公式に訪問または視察する場合、その途上を警衛し、敬意を表するための儀仗が行われる場所です。市ヶ谷記念館には、庁舎A棟の建設に伴い解体された1号館の象徴的な極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷として使用された大講堂があり、床板30センチ角のナラ材の7200枚のうち399枚以外は一枚一枚番号を付けて移設・復元されました。館内では、旧陸軍大臣室や陛下の御休憩所であった旧便殿の間や割腹自殺した三島由紀夫が演説したバルコニーやドアの傷跡を見学しました。厚生棟の売店で海軍カレーを買って休憩。厳しい訓練や長い航海の途中では曜日がわからなくなる時があるので、金曜日にはカレーを食べる伝統があるそうです。屋外ヘリ展示場は、陸上自衛隊で実際に使用されていた多用途ヘリUH-1H(ひよどり)の前で操縦席に座っての記念撮影もしました。メモリアルゾーンは、市ヶ谷地区内に点在していた記念碑などを集約・整備・再配置した場所です。警察予備隊創設以来、職務に殉ぜられた隊員の功績を永久に顕彰し、深甚なる敬意と哀悼の意を捧げる自衛隊殉職者慰霊碑に祈りました。