柳岡克子の生い立ち 31、子育ての秘訣

子どもが小さい頃「なぜ空は青いの?」と聞いてくるときがある。
これは関心を持った証拠であり、ここで「忙しいから」と無視するのはよくない。
子どもに向き合って答えてあげて欲しい。
解答がわからなくても、自分の話を聞いてくれただけで子どもはうれしいもの。
好奇心を持って、聞いてきた時の対応が大切で、相手にしてもらえなくなると「どうせ聞いてくれないから」ともう相談しなくなる。
「お父さんに聞け」とふるのもいい。
「あんなお父さんになるな」みたいな言い方をしたら、お父さんは良い気がしない。
「お父さんみたいに立派になれ」と言ったら、横で聞いていたお父さんは、うれしくてよく働き、聞いていた子どもも親を尊敬するようになると親を越えたくて勉強する。
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柳岡克子の生い立ち 29、やんちゃな生徒たち

クラブの最後の試合が終わった頃に受験勉強をしようと思っても他の塾は4月から生徒を取るので、なかなか入れない。
私の塾は夏期講習からなので短期集中して、学力を見て高校へ行きたいという意思を確認できたら、9月から生徒になる。
中には、ほかの塾について行けなかった子や辞めさせられた子もいる。
学校に行きたくないと朝からうちに弁当を持って来て、一緒に昼ご飯を食べながら、いろいろ相談に乗ることもあった。
家庭的に恵まれていない子や夜親が仕事で留守になり行くところがなくて逃げるように塾に来る子もいた。
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柳岡克子の生い立ち 28、学習塾を経営

教員採用試験を受けないことにして以来、授業数が増えた。
夜7時から、中学生の数学と英語を10時まで見た。
試験前には理科や社会も教えた。
始めは週1回だったのが2回3回と増え、平日は、毎日出勤した。
夏休みには夏期講習の講師にもなった。
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柳岡克子の生い立ち 26、薬剤師の国家試験に合格して

卒業式には母も来てもらった。貸衣装の袴で写真を撮った。成人式はあくる日英語の試験があって帰省できず出られなかったので振袖を着ていない。親は振袖を買うお金で車を買ったと言った。私はその方がありがたかった。卒業式の次の週に国家試験があった。卒業してすぐに寮を引き払おうかと思ったが試験会場を兵庫県にすれば神戸学院大学で試験が受けられる。それで普段と同じ気持ちで試験を受ける方が落ち着くだろうと思って国家試験が終わって引っ越すことにした。
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柳岡克子の生い立ち 25、神戸で成人を迎える

私が神戸で成人を迎えてよかったと思うのは、これから社会の中で生きていく強さのようなものを感じとれたからだ。
今までの私を全然知らない人達の中でどう自分を理解してもらうか。
健常者の中で共に生きていくにはどうしたらいいのか。
そういうことを考えたり、一緒に考えてくれる友達に恵まれたのだ。
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柳岡克子の生い立ち 24、薬学部の勉強

薬学部の授業は実験をし毎回レポートを書かなければならない。
座学を午前中に終え午後から実習となる。
私も実習は必須の科目なので一緒にした。
しかし長い時間かき混ぜる作業などは座ってさせてもらった。
英語の実験書を日本語に翻訳する係りになってできるだけ身体に負担の少ないようにグループで考えてくれた。
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柳岡克子の生い立ち 23、総合大学のメリット

理科の先生の免許が取れる薬学部に行きたかったが、単科大学ではなく総合大学をめざした。
それは、友達が薬剤師ばかりになるのはつまらないからだ。
せっかく家を離れるのだからいろんな学部の人と交流したかった。
大阪の伯母の近所に総合大学の薬学部があった。
そこなら伯母に世話になりながら生活できるので親も行かしたかった。
しかし、合格できなかった。
当時の神戸学院大学は、神戸市の西区にあって田んぼの多い田舎だった。
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