柳岡克子の生い立ち 28、学習塾を経営

教員採用試験を受けないことにして以来、授業数が増えた。
夜7時から、中学生の数学と英語を10時まで見た。
試験前には理科や社会も教えた。
始めは週1回だったのが2回3回と増え、平日は、毎日出勤した。
夏休みには夏期講習の講師にもなった。

1年程経ったとき生徒が「柳岡先生の家で教えてほしい」と言われた。
アルバイト先の生徒を引き抜くわけにはいかないので兄弟ならと自宅で教えるようになった。
それで、週2日休めるようにして、自宅の6畳一間の部屋で教えていた。
そのうちに友達を連れてくるようになり、だんだんわが家の生徒が増えて、塾のバイトの日を減らしてもらった。
塾長も私が自宅で教えていることを知っていたがのれん分けではなく3年程したとき、とうとう塾を退職して独立開業した。
総合学習塾柳岡塾の始まりだ。
当時は、英語と数学の塾がほとんどだった。
私は、もともと理科の先生になりたかったので、試験前には理科も教えた。
社会も好きだったので5教科教えていた。
それが評判となり、中学3年生ばかりの高校入試の塾として生徒が増えてきた。
合格したらまた次の3年生が入ってくる。中学3年生しか取らなかった。
しかもクラブが終わる夏休みの夏期講習からスタートした。
週2回の授業は受験勉強を教え、学校の授業についていくための勉強はしなかった。

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柳岡 克子(やなおか よしこ)
柳岡 克子(やなおか よしこ)
車いすの元気配達人として全国講演活動をしています。子どもから大人まで90分のお話しがあっという間だったと好評です。そのバイタリティーがどこから来るのか実際聴いてみてください。



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