柳岡克子の生い立ち 13、合唱部の思い出

日高高校に入ってからもドラムをやりたかったので、クラブ活動の勧誘のちらしを見て吹奏楽部をのぞいた。
しかし高校のドラムはスネアドラムではなくシンバルや大太鼓がついているドラムセットだった。
足が踏めなかった。
それで残念だが吹奏楽部をあきらめた。

がっかりしていたらもう1人の音楽のM先生が「高校には楽器がなくてもできる音楽部があるのよ」と音楽室を指差して言ってくれた。
「アエイオウー」きれいな歌声が音楽室から聞こえてきた。
それが合唱部だった。
歌が好きだったので入部した。
ところが音楽室は4階にあった。
毎日のクラブ活動は練習よりも階段の上り下りの方がしんどかった。
66段の階段をクラブの友達が毎日手を引っ張ってくれた。
合唱部の思い出といえば階段だ。
今でも時々OGとしてステージに立たせてもらうのが楽しみだ。
練習のためOGとして音楽室に行こうとしたらエレベーターが付いていた。
「私の頃に付けてほしかった」と思った。
「柳岡さんの事例があったので障害のある子も高校に入学することになり、その子が合唱部に入ることになったのでエレベーターを付けました」と言われた。
「柳岡さんの頃からエレベーター設置の運動していてやっと今付けてもらった」と。
20年かかったと。
私がきっかけのひとつにはなったのならうれしいことだと思った。

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柳岡 克子(やなおか よしこ)
柳岡 克子(やなおか よしこ)
車いすの元気配達人として全国講演活動をしています。子どもから大人まで90分のお話しがあっという間だったと好評です。そのバイタリティーがどこから来るのか実際聴いてみてください。



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